2018年05月17日

2018・サクライダーがゆく!其乃壱


2018年の春は、本当に唐突に振って湧いたような開花だった。
そもそも、三寒四温ではなく五寒二温の一週間で”二温”の二日が真夏日という異常気象だ。寒い日と暖かい日の温度差が20℃前後有り最早”暑い!!”という表現に取って変わるのに、暑い日の最低気温も最高との温度差が20℃以上と言うキチガイの様な天候なのだ。

「そりゃ優等生の桜もハズしたくなるわな」


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そんな春先にヘルメットを新調した「サクライダー」が朝方に出没していた。

「中島の地蔵桜」

少し花曇りの空を眺めつつ、昨年はまだ早く殆どがつぼみだった東和の「中島の地蔵桜」にゆく。
朝5時にも係らず既に三脚を従えたカメラマンがちらほら。
「今年は咲いている」
流石は3月末に真夏日を経験した東和町、例年の4月頭には考えられない様な暖かさに、地蔵桜も7分咲きと言う所だ。

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まずはゆっくりと反時計回りに桜の西側のあぜ道を歩き出す。
手にするのは何時ものAW100ではなくウチのワイフに貰ったバカちょん(懐かしいなこの響き)のCoolpix S3500とiPadmi4である。

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田圃に陣取った「島」のカタチから「中島」の愛称があるこの桜は、観光協会の公式発表では樹齢推定150年の比較的若いサクラと歌われているのに現地の案内板には「樹齢200年のベニシダレサクラ」とある。

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そう、この辺では比較的『若い』サクラなのだ。

5712.jpg名前の象徴とも言われる「地蔵様(何代目?)」かつてはここが北戸沢、山木屋方面に向かう古道が在り、馬頭観音や地蔵尊が在ったのだ。

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どうもここは、相馬藩の黒塩を会津藩に運ぶ「塩の道」の一部、もしくは間道であった様だ。
因みに相馬藩は正規の幕府献上の塩を「白塩」藩の財政を補う為に幕府に無許可で作る塩を「黒塩」といい、これらは牛に背負い二本松街道や間道経由で楊枝峠を越えて会津藩に納められたという。

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桜の外周は約30m、樹高は10m程だが田圃に突き出した島の上は倍の高さに見える。
2009年に観覧設備が整って、この時期田圃には水が張られ昼夜を問わず美しい水鏡の桜を見せてくれる。
また桜越しに眺めるあだたら山も美しい。


「長沢の肥盛桜」(ひもりさくら)

5791.jpg長沢の桜とも言われる肥盛桜は、かつて熊野神社の外苑に植えられた境を示す桜であったと伝えられる。


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樹齢400年とも言われるエドヒガン系の大ザクラは幹径7.7m、外周18m程、日陰の多い谷間故に里の桜に比べ1〜2週間ほど開花が遅れる傾向がある。

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今の様に稲の苗をビニールハウスで育成する事がない初期の稲作では、遅霜などにより苗が全滅する事もままあり、遅霜が終わる目安としてこの谷間の遅咲き桜が重宝されたのだろう。

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苗場や田圃に肥料を入れる目安として愛しまれた肥後桜。

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今朝もひっそりと咲き誇り、近くに家の老婆が撮影後の帰りしなに微笑んでいた。
「今年も綺麗に咲いだなぁ」
言葉も交わさずに、しかし軽く会釈してその場を去った。

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posted by みちはてな at 01:56| 福島 | Comment(0) | 子ども旅する。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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