2017年03月03日

牛乳屋食堂 〜今頃的"踊り喰い"(2016秋のワンディロードツーリング、其ノ壱)

2016年秋、二年前のラーメンツーリングの約束が果たされる時が来た。

ラーメン屋の名前は「牛乳屋食堂」という一風変わった名前のお店。ツーリングライダー的見地から「ラーメン屋」と呼称しているが、実際のお店はフツーに駅前の食堂の風情である。
HPにも在る通り、大正14年に旧国鉄会津線(現会津鉄道)が開通し、上三寄駅(現芦ノ牧温泉駅)が完成すると同宿場で馬車宿を営んでいた初代は駅前で牛乳の販売を始めたそうな。
鉄道と駅の開業は上三寄駅に多くの人が集まる様になったが、食事の摂れる所など無かったのだ。
そこで先代は当時部落に住んでいた中国人から支那そばの作り方を教わり食堂を始めると「牛乳屋食堂」と呼ばれるようになったそうな。

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え?大正14年?(1925年?)だよね。Wikiだと上三寄駅開業は昭和2年(1927年)になってるよね?。
この場合まだ会津鉄道が敷設中だったので、最初に牛乳を飲んでたのは「旅行者」じゃなくて「建設作業員」だった事になるのかなぁ。

当然、駅前に食堂造って最初のお客さんも「建設作業員」と言う事に成るんだろうな?
最初は木造二階建てのほぼ民家(まあ駅前通りだけどね)という所から、戦後には一度建て直し、平成になってから三階建てのコンクリートビルになっている。来訪した2016年で創業91年!
「看板に偽り有り!」(看板には八十余年)なんだけど、これは良い意味で裏切られてる?といっていいかな。
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着いたのが丁度11時だったが順番メモ帳は既に30番台、3〜40分ほど待つと言う事でこれも予測の範囲内である。

猫にめっぽう目がない中年猫鉄の社長氏の事、早速芦の牧駅の猫駅長”らぶ”に逢いに行き、ついでに先代駅長”ばす”の墓参りもしつつ、駅の支線に生体保存されているトロッコ車輌「AT-301」(元国鉄キハ30 18)の鉄道シュミレーターも見学する徹底振りである。
MRはと言えば、駅の売店で絶版で手に入らなかった新版「会津の峠上、下巻」を偶然発見即買いしたり(笑w。旧版は古本で持っていたが新版を探していたのだ。
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まあソレはさて置き牛乳屋食堂に戻る。
警備員に駐車場沿いの農道に縦列駐車を指示されたバイクが30台に達しようかと言う頃、我々も店内に突入した。席に案内されたのが実に11時50分のほぼ昼時、最盛期と言って良い時間だ。
MRは当店の人気メニュー「Bセット(醤油ラーメン+ミニカツ丼)」社長氏はシンプルに基本中の基本である醤油ラーメンを選択する。待つ事20分、待望の品が運ばれて来た。
ごゆっくりどうぞ、という食事スタートの青ランプに危うくフライングしそうな心を抑え、おもむろにカメラを撮り出し、撮影する。
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醤油というよりお通しのような澄んだスープ。
ミニカツ丼に絡むソースは、一般のソースカツ丼の様な重みを感じない飴色の特製ソース。頬張ると肉汁の滲むカツにパリっと衣が歯応えもよく、
飴色ソースの甘辛な独特の味を提供している。当然これも千切りが美味しい地場のキャベツとご飯に調和してご飯ががっつりススム君だよ。
醤油ラーメンもラーメンスープというよりもはや精錬されたスープ状態。見た目以上に薄い味だがちじれ麺にからまってしっとりと味を表現する。
一昔前の懐かしい味だが後味が少し濃く感じる。
「うめぇ〜」

今度は味噌かミルクを喰いに来よう。

牛乳屋食堂ホームページ http://www.gyunyuya.jp

別な話につづく。
posted by みちはてな at 00:45| 福島 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 添加御麺の廻り喰い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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