2011年03月28日

身近な震災被害。

3月11日、午後2時46分。まさに日本列島が震撼した。
史上最大と言われるMg9.0に相当するエネルギーが、地震と津波に具現化して東日本を直撃したのだ。
「東日本大震災」である。

これを書いている発生から2週間後においても、死者行方不明者の総数が2万6160人であり、地域ごと壊滅した漁村などもあって、その被害全容は未だ不明、まさに想像を絶すると予想される。
浜通りは地震/津波に加えて福島原発の放射能漏れ事故という追い打ちを受けて、村ごと街ごと疎開という前代未聞の惨事となっている。
福島/宮城/岩手の避難者総数は実に24万7千人(3/24日現在)という常軌を逸した数である。

「天災の少ない県ベスト3に入る」と言われた福島県であったが原発は明らかに人災という感が否めない。
津波による直接の被害が出た浜通とは対照的に、まるで”真綿で首を絞められる”かのような放射能攻撃は、脱出した浜通りの県民らは勿論、中通りに住む県民にも危機感を募らせている。

で、このブログは所謂道路系(林道/廃道も含む)というカテゴリーなので、そんな切り口から今回の震災を見つめてみた。

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MRが通勤に使う福島西道路(国道13号線西バイパス)は平成元年(1989)に県道70号[主要地方道]福島吾妻裏磐梯線交差点付近のモデル地区の開通を手始めに北へ南へと延伸し、平成22年10月までに市道小倉寺大森線までの計画路線全線となる7.7Kmが完成、供用を開始している。

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震災後、主に瓦の脱落による看板などへの被害により、社内は至急の工事と延期になった工事が入り乱れ、少々パニくっていた時期であった。この日、社命で出かけた所は、未曾有の危険が予感される状態だった。

それは、奥羽本線と八島田街道を跨ぐ「吾妻高架橋」で起こっていた。
まず目に飛び込んで来たのは、踊るかの様に湾曲した歩道と、道路支柱を中心に起こっている地割れである。

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「何じゃこりゃ〜!」
吾妻高架橋はJR奥羽本線と県道を跨ぐ2-4径間連続ポステンホロースラブ4連より構成される橋で橋長は400m程の橋だが、奥羽本線を跨ぐ左右の橋脚は、その路地が異様に変形、断層化している。
「これがウワサの液状化現象?」
同一路盤上には市の主水道管もあるらしく、北側は水道水噴出の為と思われる水堪りの痕が生々しい。

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しかし橋脚側は明らかに動いた様だ。こんな巨大な橋が、基礎から動いたと言うのか?そこら中地割れだらけだ。
かつてこの辺は見渡す限りの田んぼと、西に八島田の小さな集落に繋がる街道、平行して奥羽本線だけという典型的な農村だったところである。元が田園だと湿地帯と同じあ使いだろう。入念な地盤調整が行われ住宅なら5m程度のコンクリートパイルが打ち込まれる所だ。
上に架装される2車線道路と同じ幅のベタ基礎だろうか?基礎本体の深さも4〜5m近くあるだろう。
奥羽本線から国道上下線南北2本づつの橋脚が一番動いたと言う印象だ。特に線路際の脚は目測最大30センチは上下し、橋脚表面に付いた泥の高さが、果たして本来の高さかどうかも解らない程だ。

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脳裏に、阪神淡路大震災で被災した際に、高速道路の橋脚がもんどり打って倒れた無惨な光景が一瞬浮かんだ。

「ん?なんだこりゃ?」
上下線の中央に壊れたコンクリートの破片らしい物が・・・とふと顔を上げる。

「当たってんじゃん!橋脚に!」
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この陸橋は、一つの橋桁に3つの接合部を介して留めてある耐震橋である。膨大な交通加重を受けとめ、反力で支える為に左右二つの黒い部分はダンパーを内蔵したゴムの積層体である。そして橋脚中央にあるベースプレートに、ざっと3センチはあろうかというド太いボルト4本で固定されているのだが・・・。

「ボルトが剥き出しになってないか?」
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片側で一車線8本、奥羽本線をセンターに南北に16の橋脚がある訳だが、今回見た北側下り線(山形方面行き)の実に3カ所が壊れ、ボルトを包む根巻きと言うべき外郭コンクリートが破損して落ちていたのだ。あの地震の揺れは桁左右にあるゴムダンパーの反力を越えた力を生み、橋桁を橋脚に打ち付け、固定ボルトを破損せしめた、という事なのだろう。
再び見上げると、橋のつなぎ目のカバーが不自然な方向に歪んでいる様だ。

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最後にこの橋脚に挟まれて作られている地下歩道に行ってみた。
東西通路は先の橋脚の事故の影響で道がひしゃげ歩けない程だったが、中央通路は割と無事だった。

「ああ、でも歪んではいるな・・・」
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丁度支柱の基礎に挟まれる所では路盤に亀裂が入ったり中央機械室が漏水してポンプで地下水の組み上げをおこなっていた。

南側で銘板を撮影すると、MRは再び北側に戻った。

毎日通る道の、意外な脆さ・・・。震災以来、この橋の並びにあるガソリンスタンドに向けて、長い車の列が出来でしまい、その車列は400mの橋を越えていた。
仮にもう一度Mg8以上の余震が来たら、はたしてこの陸橋が耐ええるのだろうか?もし、列んだ車と共に倒れれば、未曾有の大惨事になる所だろう。

原発同様、震災の余波は覚める事無く続いている。

posted by みちはてな at 21:37| 福島 ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | 道の不思議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
中通り、浜通りは構造物の被害大きいですね。それだけ大きな地震だったんですね。

それにしても原発・・・
どうにか何ねぇかな。

いろいろ勉強していたら自分の知識不足にがっくりきました。
ちょっと遅いですがココ(http://takedanet.com/cat5621932/)が勉強になりました。

これからも大変ですが何とか踏ん張りたいです。
Posted by 熊五郎 at 2011年04月01日 15:29
瓦葺きの屋根を持つ所の7割は落ちた様に見受けられます。
石材系の塀や無筋ブロックは根こそぎ倒れましたね。
あと、墓石は生協の格差が激しい。
県道の橋が幾つか通行止め、橋桁がズレていたり、前後の盛り土が落ちてます。

原発と勉強>
成る程、良い事言ってますね。
被ばくは何処まで言っても隔離の問題ですが、予防するにこしたことはない。という事でしょうか?

今年は阿武隈山地系の林道はダメぽそうですね。
Posted by MR@管理人 at 2011年04月03日 20:23
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Excerpt: 数が数だけになぁ [んー/]悲しいことだけど、一家うちで誰か一人だけでも助かってりゃ誰が行方不明か分かるんだけどさ。一家全滅とか、区域、集落ごと全滅とかだったら誰が不明なのかすら把握できないだろうし、..
Weblog: 時々時事爺
Tracked: 2011-04-10 22:15