2011年02月17日

御霊櫃(ごれいびつ)峠

「御霊櫃峠」
名前だけ聞くと何か恐ろしい峠にも聞こえる、かつてのオフローダーの聖地である。

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聖書*に因れば、そもそも御霊櫃とは峠道の中腹にある石櫃を指している。
現在の林道をほぼ真っ二つにかつての峠道が現在も歩道として遺っていて、その途中に石櫃と呼ばれる石が鎮座するのだが、これが八幡太郎義家の前九年ノ役の頃のモノと言うから平安時代だ。
鎌倉偐権五郎景政が賊徒を成敗して郷土鎮護のため宮を創建するも、成敗した盗賊が怨霊となって祟り、この地に五穀が実らなくなってしまう。
困った村人らが祈願し、山頂に石櫃を持って怨霊を供養した所、立ち込めた暗雲も晴れて作物も実り、村人は豊かに暮らしたと言う。以来この石櫃を御霊櫃と奉り、神社を創建して崇めたと言う。

その石が、何故山頂ではなく中腹に降り立ったかは謎で、磐梯山噴火の煽りを受けたのかどうかは不明である。会津から猪苗代湖南を経由して安積等に行く街道は現在の新中山峠や三森峠を使うが、湖南沿いの部落からは直接山越えして街道に接続する、いわゆる間道と呼ばれたのが江戸時代である。

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先に書いた様に、現在の峠には「林道御霊櫃線」があり、古い峠道を縫う様に湖南側まで繋がっている。

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昭和42年に湖南側が竣工する。
福島県 著「林道五十年の歩み」より転載


昭和42年にまず湖南側から開削が始まり、43年には逢瀬側も開削され竣工。
昭和時代の最後まで、林道はほぼ全線ダートであった。

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昭和43年には逢瀬側からも開削、同年竣工、開通。
福島県 著「林道五十年の歩み」より転載


驚いた事に近くの小学校などで、ハイキングと称してこの御霊櫃峠に昭和の頃まで登っていたと言う。それも林道を串刺しに登る旧道の登山道の方らしい(当家神様の証言による)途中に例「石櫃」がある為に霊感が強い友人は、未だにこの道を通れないと言う。
成る程、峠の付近は山ツツジのメッカで、早春の山登りには好適地とも言えそうだが、旧街道の山道は大人でも息を切らす急坂である。しかしそれだけに峠の東側から見える安積盆地の眺望は良好であり、振り返れば山間に空と同じスカイブルーの猪苗代湖が見える。

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峠から郡山盆地を俯瞰する。峠にはトイレなどもある。

さて、70年代の御霊櫃峠はオフ車とパラグライダーのパラダイスであった。
郡山から会津に走りに行く「肩ならし」コースであり、新車を買えばまず御霊櫃で筆降ろしというのが恒例であった。当時は今程行政側も煩く無く、何気に峠の北側の山頂迄バイクやジムニーで登れたのだ。またこの尾根沿いの登山道を虎車で走る剛の者も存在した。

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野宿ライダーの元祖、寺崎勉 著のオフロードツーリングガイド「林道日本一周」第一巻(1986年)にて寺崎氏はこの峠を台風10号の豪雨の中で逢瀬から湖南に越えた。が、湖南側の林道に寄り添う様に流れる大沢川が氾濫、橋が流され寺崎氏は止む無く渡河を断念して再び峠を越えて逢瀬に戻ったと書かれている。
世に言う「8.5水害」であり福島県内では死傷者11名、阿武隈川を始め福島の荒川や摺上川等も氾濫し郡山の工業地帯や福島市内の堤防が決壊し、未曾有の大惨事となった台風である。

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湖南側の橋が流失している。写真手前が峠、奥に向かって直線が湖南である。
川の高さは林道より高い。
寺崎 勉 著「林道日本一周、第一巻」より転載




御霊櫃峠を越え、馬入峠の西隣にある東山林道から会津布引山高原に出ると、安藤峠を越えて羽鳥湖に出て、西部林道から甲子林道と走り繋いで下郷町に直接出るのがパターンの林道ルートであった。
80年代になるとパラグライダーが最盛期となって、山の頂上から第一コーナー(仮称)の牧草地までの滑空が出来たが、空前のバイクブーム、オフロード車ブームが巻き起こり、昼夜を問わず、つーか深夜にラリーカーもどきが走る様になって住民感情が悪くなる。そして90年代に郡山市が林道の舗装を始める頃に何らかの理由でパラグライダーは出来なくなってしまったようだ。

同じ頃に山頂への車両通行が禁止となってしまった。郡山側(峠東側)の舗装が終わる頃にはいわゆる「攻めに来る」車やバイクも激減してゆく。
郡山側は全面舗装になる頃には山ツツジの名所としてハイキング等に訪れる車やマイクロバスで賑わい、現在に至っている。

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そんな、時代の変遷がありつつ、良く晴れた空の高い日には同じ色の猪苗代湖が見える、御霊櫃峠であった。



聖書*会津の峠

参考文献及び写真転載 福島県 著「林道五十年の歩み」/寺崎 勉 著「林道日本一周、第一巻」/旺文社ツーリングマップル。
posted by みちはてな at 00:00| 福島 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 会津の峠 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
御霊櫃峠・・・地図でその単語を見てはどんなとこなんだろうとずっと思ってましたが、そんな名前の由来があり、かつてはオフローダー聖地だったとは・・・
Posted by みや at 2011年02月17日 07:23
実は一度も走った事のない道・・・
地図では何じゃこの道?と確認してはいたのですが機会がありませんでした。
Posted by 熊五郎 at 2011年02月17日 16:06
路面状況は現在の源田林道や三河林道に近い林道でした。
山麓から頂上付近まで逢瀬側は均一なヘアピンターンで構成される為に、マシンやフォームのチェックに最適。今日の調子を見るのに好都合な所でした。山裾の所は長い直線とヘアピンで構成され、新車のアタリを見る向きにもヨカッタ。KDX200SR専用コース?ホントに相性がよかったなぁ。
朝5時に御霊櫃を越えると6時半頃安藤峠、羽鳥経由で甲子を越えて下郷で8時、田島から大川林道で11時、田島から七ヶ岳林道と安ヶ森林道経由で湯西川温泉にお昼と言うのが多かったですね。
夕方男体山を越えて再び中禅寺湖に戻り湯本のキャンプ場に入るのが通例でした。
田代山でグルグル廻っちゃうと川俣ダム下のキャンプ場か檜枝岐の温泉川向かいの空き地で野宿です。
どちらも温泉でビール、うっく、タマラン。
Posted by MR@管理人 at 2011年02月17日 23:26
三森峠の整備以来、郡山から湖南町への素敵ルートは限られてしまいましたね。機会があったら行ってみよう。
Posted by Nory at 2011年03月02日 01:56
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